【最終更新日:2008年3月24日】
・2006年10月 はじめての妊娠と流産
ごく初期の流産。→1度目の妊娠から流産まで
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・2006年11月 2度目の妊娠
・2007年1月 2度目の流産
けいりゅう流産と思われる。→2度目の妊娠から流産まで
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・2007年8月 検査開始
病院を変える。 「免疫性流産」というのもを知り、検査に踏み切る。
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・2007年9月 凝固系障害発覚と高プロ症発覚と妊娠疑惑
(9月はじめ) 凝固系障害 判明
漢方薬「サイレイトウ」で対策。妊娠に挑戦。
(9月下旬) 高プロラクチン症 判明
同時に3度目の妊娠疑惑が浮上し、高プロ対策はいったん保留に。
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・2007年10月 3度目の妊娠と流産
(10月はじめ) 3度目の妊娠確定
今回は胎のうがどんどん成長してる。が、胎のうしか成長していない…
(10月末) 流産・手術
胎のうの中に赤ちゃんの卵はなく、3度目の流産。
はじめて手術で胎のうを取り出す。
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・2007年12月 脳下垂体の検査とプロラクチン再検査
(12月はじめ)
・脳みそ検査でMRI初体験→【結果】特に異状なし
3度目の流産で高プロラクチン血症の原因追求のため
脳外科で初めてのMIRを体験。
・2度目のプロラクチン値の再検査。(脳外科にて、血液検査)
→【結果】プロラクチンは正常値(11.5)。
特に問題なく流産の直接の原因ではないだろう。と診断される
※この件に関しての婦人科の先生の判断→コチラ
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・2008年2月 習慣性流産の詳しい血液検査と黄体ホルモンの検査
・病院を変える。
・黄体ホルモン以外の血液検査→結果:異常なし
(プロラクチンも正常値“16,6”)
・黄体ホルモン→1回目検査結果:異常アリ
プロラクチン値というよりも、高温期の黄体ホルモンに
異常があるのではないかと言う今回の病院の先生の判断により、
高温期のど真ん中(高温期7日目あたり)の採血をすることに。
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・2008年3月 2回目の黄体ホルモンの検査
前回の黄体ホルモンに異常が見られたので何周期か続けて検査。
【現在】
2回目の黄体ホルモンの検査結果待ち
去年2度の流産を経験し、以前の生活は取り戻したものの半年以上も時間がたつのにモヤモヤした気持ちが取りきれず、気持ちの整理になれば…と思ってブログを始めてみました。
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「書くこと」って気持ちの整理をするときの
私の大好きな方法です。
整理は出来なくても、
意外に思ってもないことを書いてたりして、
自分の大袈裟な部分に気が付いたりして。
気持ちの矛盾っていつまでもついてまわる事だから
誰からも攻められたくないけど、聞いて欲しい…
そんなわがままな場所をココに作ってみた。
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1度目の流産は化学的流産とも呼ばれるような初期の流産。
2度目の流産は稽留流産?
どちらもしっかりとした赤ちゃんの形が確認出来る前の流産ではっきりした周期はわからないままのサヨナラでした。
私は2度も妊娠したというのに赤ちゃんの写真を1枚も持っていません。
あったら余計に辛いのか、次の挑戦への勇気になるのか想像も付かないけれど、欲しかった。
無事安定期をむかえたかった。
どうして私は2度も「少数派」になってしまったんだろう。
どうして、多数はに入れなかったんだろう。と思うばかり。
決定的な事実を知りたくないのか、確信をつくような検査については目をそむけ、足踏み状態です。
やっと最近、もう一度挑戦しようとポジティブ傾向に。
そして、先日の血液検査の結果「血液凝固障害」があると判明。
サイレイトウとうい漢方薬を飲んで赤ちゃんが形になるまでサポートしてもらう予定です。
さらに、おりもの検査で「高プロラクチン症」が判明。
異常値が出たことはかなりの衝撃で不安に潰されそうになりながらも、3度目の妊娠に挑戦中です☆
↓↓↓
3度目の妊娠も残念な結果に終わってしまいました。
この妊娠で、私の体質に問題があるとこが判明。
これからは、ぼんやり妊娠を待つだけじゃなく、赤ちゃんに会う為に対策を取らなくては。
絶対、産んでやる!と今は戦闘意欲マンマンです。
3度目の妊娠ではじめて超音波の写真をもらいました。
中に赤ちゃんの姿はない写真だけど、いつか赤ちゃんに会うまで、きっと背中を押してくれる、この1枚。
大切にしたい。
■私の今日までのまとめ→*随時更新、自分年表*■
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